受験生の頃、僕の国語の成績は最悪でした。特に現代文は苦手でしたので偏差値は30から40くらい。センター試験の現代文の過去問や模擬試験にて全問不正解だったことも複数回あります。
社会人の最初に行われた新人研修になぜか人と話せなくなりコミュニケーションをする機会が少なくなりました。その後の社会人生活でも人と話すことが最大の課題となり、結局はその問題を解決することができずに、うつ病と休職というところまでたどり着きました。
名古屋のアパートでの休職はずっと深く沈んだままで汚い部屋で不摂生かつ不規則な生活でしたが、実家に帰ってからは猫たちに癒され部屋も綺麗で規則正しい生活になり少しづつ元気になりました。脳も元気になったのか色々なことを考えるようになりました。
これら3つの相乗効果なのでしょうか?うつ病による休職中、言われたことの意図がよくわからず、深く考えすぎてしまうようになりました(今でも続いています)。家族との会話においてでさえ、長期的な背景から意図を探ったり、前後の文脈から意図を探ったり、様々な可能性を考慮して意図を探ったり、本音はこうなのか?とか・・・。
小倉は危険だから夜の外出が禁止されていた我が家
話が少しそれるのですが、僕の地元の北九州市小倉には元気な方がたくさんいます。治安は良い方だと思いますが、世間的なイメージはあまり良くはありません。「修羅の国」と呼ばれています。そのため、我が家では20時以降に親同伴なしで出歩いてはならないルールがありました。
とは言っても小学生や中学生の頃までの話です。
本編とは関係ない話ですが、僕の北九州のイメージは縮小する都市のイメージや暗いイメージです。色で言うと茶色とか灰色のイメージ。華やかな文化や伝統もなく、工業地帯だったイメージと衰退しているイメージから、暗いイメージしか浮かびません。
夜の小倉を母と散歩するのが日課に
以前、「実家での休職は近所の目があるから引きこもってしまう」という話をしましたが、こればかりはどうすることもできませんでした。昼間に外出した際に近所の人に会ってしまうリスクを下げるには、自分が外出することをやめるしかないのです。
「僕うつで休職中なんです!」と近所中に宣言すれば、近所の人から逃げ回らずに済むかもしれませんが、宣言したらしたで「外出できるのだから詐病では?」とか噂話されるかもしれません。
そのため、こういう選択肢しかありません。
- 昼間の外出はコソコソと行う。
- もしくは昼間は家に待機。
- 夜は家に待機。
母はそれを見かねたのかもしれません。「最近運動不足から夜1時間くらい歩こうと思う。一緒に行こう」と言って来ました。保育士として日中働いている母が運動不足なわけありません。一日中子どもをおんぶしたり抱っこしたり、机や椅子を並べたり片付けたり、かなりの肉体労働なのです。
外出したいのに近所の目を気にして外出できな買った僕は散歩に行くことにしました。
何気ない会話の意味を考える
散歩は母が帰って来て夕飯を食べて、少しくつろいだ後の21時から22時の1時間くらいの時間帯に行なっていました。今思うと少し遅すぎな時間ですが、このおかげで近所の人とはほとんど遭遇することはありませんでした。夜は暗いので近所の人から見られている感覚も少なく気が楽でもありました。
母は一緒に散歩に行くたびに、「いてくれてよかった。いなかったら散歩できなかった」と言っていました。
ただ、この言葉には裏の意図があるのではないか?と深く考えてしまいました。
表の意味:小倉は危険だから、一緒に散歩することに感謝
ここでやっと先ほどの北九州市小倉の話に繋がります。父も母も北九州の人なのですが、小倉は怖いというイメージを持っています。地元民の中にも北九州に怖いイメージを持っているのですから、全国の方々もやっぱり怖いイメージを持っているのは当然のことだと思います。
その文脈で「いてくれてよかった。いなかったら散歩できないよ」を解釈すると、「いてくれてよかった。(小倉は危険な街だから)いなかったら(夜に)散歩できなかった」という意味になることでしょう。
僕がいてくれたことに感謝を示し、僕が必要な存在なんだと言いたいのだと解釈できます。
裏の意味:うつ病になった僕のことを残念に思う気持ち
僕の近所の友人たちは、僕が休職中もせっせと働いています。一方の僕はうつ病で休職し実家に戻って来ました。それも入社から2年も経たずにです。
子どもの頃から塾に通い、中学受験、高校受験、2度の大学受験に失敗、大学卒業後は会社勤めもままならず、実家に帰って来た僕。
この文脈で「いてくれてよかった。いなかったら散歩できなかった」の意味を考えると、このような解釈ができます。
- 「いてくれてよかった(けど、みんな頑張ってるんだよ)。いなかったら散歩できなかった(けど、もっとしっかり働いてほしかった。実家に帰って来てほしくなかった)」
- 「いてくれてよかった。いなかったら散歩できなかった。(けれど、こうして一緒に歩けるなんて、それはそれで悲しいことだね。だって、本当は名古屋で働いているはずなのに)」
僕に対して教育投資もしっかりしたのに、今では働きもせずに実家で引きこもる毎日の状況を、親は残念がっているようにも見えました。
不名誉な存在の自分に関して泣くことが増えた
ただ散歩しているだけなのに、涙が溢れそうでした。瞬きを何度もして涙を溢れさせないように必死でした。
この散歩に限らず実家での日常生活でも、こうした会話の裏側を勝手に解釈し、その解釈は全てネガティブな思考を生み出しました。
- 会社でまともに働けなかったこと=無能な人間
- うつ病になったこと=人生失格
- 休職したこと=甘え
- 地元に錦を飾るわけでもなく実家に帰って来たこと=一族の恥
それら全てが不名誉な自分であり、自分の存在が親に対して申し訳なくて、「僕なんていなくなった方がいい」と元気になったものの、元気になった脳みそが色々なことを考えてしまいボロボロと泣く日が続きました。
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