挨拶に来た親戚にも会わずに正月三が日は爆睡!起床時間は15分?

初めて訪問する方へ。うつ病時代のまとめ「社内ニートでうつ病になり休職のまま退職したサラリーマン時代のブログ」にて初めの記事から読むことができます。

旅日記がメインの僕のブログですが、以前書いていた僕の社会人時代の話シリーズに戻ります(シリーズのまとめ記事は「社内ニートでうつ病になり休職後に退職したサラリーマン時代のブログ」にて)。

仕事になかなか慣れずに、ミスを連発、気づけば社内ニートになり、会社へ行けなくなった僕は仮病を使って欠勤を繰り返しました。そして、うつ病という理由で休職しました。ここまでの出来事は新卒で入社してからわずか1年半。3ヶ月間の名古屋の自宅で休養後、福岡の実家へ帰省し休養するようになり、福岡に10日間滞在し名古屋に2日間滞在するような生活をしていました。

実家で休養したことにより、少しずつ元気になっていた時期なのですが、突然眠くなりました。めちゃくちゃ眠くて眠くて仕方がない。一日中寝ているような感じです。そんな状態のまま、ついに年も明けてしまいました。

正月三が日。その時期がもっとも眠たかったピークでした。1月1日から1月3日までの15分くらいしか起きていなかったように思います。その時の話です。

寝ても寝ても眠れる

寝ても寝ても寝られる。僕は体調が悪くなると、とにかく眠たくなります。

休職初期においても「寝ること夢を見ることだけが楽しみ」で書きましたが、寝ても寝ても寝られる時期がありました。その後、紆余曲折を経て実家に帰省し元気になっていきました。

外食もしていました。夜行バスで名古屋と福岡を往復したり、夜は運動がてら外を歩いたりと確実によくなっていました。

ところが、年末が近づくにつれて、再び眠くなって来たのです。クリスマス頃には起きた後、ご飯を食べて睡眠、2時頃に昼ごはんを食べて睡眠、夕食は食べたり食べなかったり、そんな生活をするようになりました。

どんどん眠くなっていき、1日に数時間しか起きていないような状況です。元気になったと思って、頑張りすぎたのでしょうか?よくわかりませんが、眠たいので寝るしかありませんでした。

その眠たい状態が最も出現したのが正月三が日でした。

1月1日、姪にお年玉を渡すために起きるもお金がない

新年のカウントダウンなんてしていません。いつの間にか新年になっていたようですが、眠たかったので寝ていました。

実家には、僕以外に、父と母、姉と義兄、その姪2人が滞在していましたのできっと僕を除く家族たちは大晦日の雰囲気やカウントダウン、正月を楽しんだことでしょう。

僕が起きたのは昼の14時ごろだったと思います。なんとなく僕の心の中に「姪2人にお年玉を渡さなければならない」と引っかかっていたこともあり、なんとか起きました。

もちろん、終日寝続ける人なのでお年玉の準備はしていません。ポチ袋はありません。それ以前に、お金を持っていません。

父からー「早くお年玉渡しなよ」と促されますが、僕はおどおどとするだけです。何もしません。ポチ袋もないし、お金もないのですから、お年玉を渡せないからです。

それを察した父が僕にポチ袋2つと500円玉2枚を渡してくれたので、僕はそれぞれのポチ袋に500円1枚ずつを入れて姪2名に渡しました。姪たちもそれをなんとなく察していたように思います。素直に喜んでいない雰囲気が伝わってきました。

それを終えると、トイレに行って、再び寝ました。正月1月1日にそれだけで終わりました。

1月2日、母方の親戚が来たが爆睡して会わず

翌日、1月2日。昼から母方の親戚が来ていました。確かにそんな話は聞いていました。しかし、僕はとにかく眠たかったので、寝続けました。

目がさめるたびに、居間の方から親戚や家族の話し声が聞こえるので、「ああ、親戚が来てるんだなぁ」と思い再び寝ました。

それに親戚には会いたくないのです。僕はうつ病になり休職になり、大人になったのに再び親のもとに戻ってぐうたら生活をしているのです。どんな顔して会えばいいのかわかりません。

そんなことを何度考えては寝てを繰り返していると親戚はいなくなり夜になり、1月2日は終わりました。

もちろん、トイレに行ったり、水を飲んだりくらいはしたと思います。もちろん、誰にも会わないタイミングで。

1月3日、父方の親戚が来たが、5分ほど会話をして再睡眠

さらにその翌日、1月3日。この日も昼から親戚が来ていました。父方の親戚です。この日も同様に「ああ、そう言えば、今日はお父さん側のいとこやおじさんが来ると言ってたなぁ」と思いながらも眠たかったので寝続けました。

とは言え、僕の家族と親戚の会話の中で「あいことくんは元気にしてるの?」などの会話が行われたのでしょう。父が部屋に来て「少しでいいから居間に来て挨拶しなさい」と言われました。もっと優しい言い方だったと思います。

確かに、僕は家にいるのに、家に来た親戚に会わないのは失礼な気がします。とは言っても、会いたくはないですが・・・。

とは言え眠たいのでどうするかを考えることはできず、僕は基本的にはイエスマンなので父の言うことに従って親戚がいる居間へいきました。とは言え、「あけましておめでとうございます」「はい、まぁ元気です」くらいしか答えていないと思います。

残り物のおせち料理を少し食べて飲み物を少し飲んで、すぐに自分の部屋に戻り再び寝ました。起きていた時間は5分くらいでしょう。

そんな感じで1月3日も終わりました。

その後、睡眠時間は元どおりになり名古屋ベースへ

この正月三が日で起きていた時間はきっと10分〜15分ほどです(正確に計測したわけではないので、体感的にそう思っているだけです)。今までで一番寝まくった時期でした。あまりに寝続けるので家族はすごく心配していました。「薬の影響なのか?」とか、「病状が悪くなったのか?」とか、聞かれました。僕は医師ではないので「わからんけど、とにかく眠たい」とだけ回答しました。

3日で15分しか起きず、ずっと寝続ける時期でしたが、この時がピークだったようです。以後、だんだんと寝る時間は短くなり、1週間もすると普通に戻っていました(とは言っても、僕は普通の状態でも1日に10時間くらい寝ています)。

その後、僕は福岡の実家を離れて、名古屋のアパートへ戻りました。福岡の実家にいるとくつろぐことができるので体調は良くなっていきましたが、心療内科は名古屋だったので名古屋と福岡を行き来する生活はそれなりに負担でした(経済的にも、体力的にも)。以後、1月中旬から3月くらいまで名古屋のアパートを拠点とする生活を再開しました。